ぜんそくジャーナル

 

148号ジャーナル

手記 体験 特集  

 

症例    物静かな家庭が原因

K君は中学1年生の夏、重症な喘息発作が治らず、滋賀県から来院し、入院することになりました。
K君は、自宅ではあらゆる薬が全く効かなかったのに、入院した翌日から発作が消えてしまいました。 そして夏休みが終わる少し前に、退院して帰宅しました。
それからあと、K君は全くといってよいほど発作は現れませんでした。
私がまだ名大に在職し、アレルギークリニックを維持していた頃の症例です。この頃はまだ今ほどは喘息の細かなところまでは判断できなかったので、夏休みに発作が現れたのがなぜかということにまで気が付きませんでした。
ところが翌年、夏休みになったら再びK君は、前年と同じように、自宅では発作が止まらなくなってしまいました。
これは明らかに何かあります。
なぜ夏休みになると必ず発作が起こるのか、必ずそれ相当の原因があるはずです。
 
こんな分からないことがあると私は闘志が湧き、原因を見付けてやろうと一生懸命になり、生甲斐を感じ、イキイキと元気になってきます。
K君の家は、織物関係の会社を経営しており、父親は日中は会社に行きます。母親は、物腰の低い、礼儀正しい人で、話をするときも実に物静かな話の仕方をします。妹も小学4、5年だったと思いますが、全く母親似のおとなしい子です。地元では昔からのなかなかの名家であることも分かりました。
いろいろ調べた結果、家が大きくて静かであり、母親も妹も物静かな人であることが、K君の夏休みのひどい喘息の原因であると分かりました。
 
学校のある間、K君は学校の生活で、意欲的で充実した体験をし、第二(本能行動)と第三(適応行動)の脳の活動性も高まり、自律神経やホルモンの機能も高まり、家に帰ってもその活動性のために喘息が起こらなかったのです。
ところが、夏休みになると一日中大きな静かな家で、物静かな母と妹しかいません。1日か2日でK君の心も体も、その緊張が低下してしまい、自律神経の緊張も弛緩、間脳・下垂体・副腎機能も抑制され、止めることのできない喘息発作が起こってしまったのです。
母親はさすがに賢い、教養のある人でした。原因を発見してもらえば、医師がいろいろ細かな指示をしなくても、「どうすればよいか」すぐに分かる母親でした。

母親はK君と相談し、夏休み中の充実した計画を作りました。
K君は物静かな母妹と静かな家のマイナスを乗り越えるような、活発で忙しい生活をすることができるようになり、K君の喘息はこれですっかり治ってしまいました。
2~3年の後、お母さんから手紙を受け取りました。K君はオートバイで足を骨折したというのです。「お陰でKも足を折るほど元気な子になりました。ほんとうにありがとうございました。」