ぜんそくジャーナル

 

150号ジャーナル

手記 ステロイド離脱に成功しました    名古屋市 Yさん        

 
私は、久徳先生にお世話になって、ちょうど2年になります。長い間、ぜん息で苦しんでいましたが、今では、久徳先生のおかげでとっても元気になりました。
私は、幼稚園の時に、カゼをこじらせて、それがきっかけでぜん息になってしまいました。
小学校に入ってからも、時々発作が出ました。特に秋がひどかったです。
しかし、高学年になるにつれてだんだん発作の回数も少なくなってきました。6年生のときには、陸上で市の大会に出たほど元気になってきていました。お母さんたちも、「これで中学校に入ったら、体力もついて完全になおっちゃうね。」といっていたのですが、中学校に入り生活にも慣れてきた5月頃から、また、時々発作が出るようになり、学校も、週に1回ぐらい休むようになりました。
 
こんな状態が7月頃までつづいていました。7月にはいると今度は夜中に発作が出るようになり、かかりつけのお医者さんにみてもらえず、総合病院にはしりました。それを何回かくり返しているうちに、先生が、一度入院して調べてみたらとすすめてくれましたし、ちょうど学校のほうも夏休みに入るすこし前だったので、入院することにしました。私は、長くても2週間ぐらいで退院できるかなと思っていたけど、入院してからも朝になるとせきが出てだんだん苦しくなり発作がでてしまいました。
 
こんな状態がつづいたので、薬を使うことになりました。その薬はプレドニンでした。この薬を使うようになって発作も少なくなり、薬の量も少しずつへっていきましたが、少なくなると発作がでてきてしまうので、薬の量がふえてしまいました。ず-っとこんなことのくり返しでした。私は、はやくこの薬を飲まなくてもいいようになって退院したいという気持ちが強く、気があせってしまいかえって発作がでてしまいました。だんだん入院してからのほうが発作がおこったらひどくなってしまいました。半年も入院していても薬はずっと飲みつづけ、よくなるどころか発作が出ると死んでしまうかと思うほど苦しくなったこともあります。
 
こんな私を見ていて、お母さんは、ほかにいい病院はないかと必死になって、知り合いの人にきいたりしてくれました。そんなとき、親戚のおばさんが、ぜん息で何年か前に久徳先生のお世話になって今ではすっかりよくなったという人の話を聞いて、お母さんに教えてくれました。すぐにお母さんは、久徳先生を訪ねました。院長先生に会い、私の状態を話し、必死にお願いしたら、すぐにつれてこいといってくださいました。
 
次の日、私は久徳先生の話をお母さんから聞きました。突然のことだったし、考えてもいなかったことだったので、全然知らない病院に変わるのはやだと言い張っていました。でも、お母さんが、半年も入院していても良くならないし、体に良くない薬も飲んでいるし、このままだと、体がボロボロになっちゃうんだよっといいました。私も、ほんとそうだなと考え直し、久徳クリニックに転院することにしました。
 
2日後の朝、病院から直接久徳クリニックに行きました。行く途中の車の中でせきが出だし、ゼイゼイいい出してしまいました。クリニックについたときは、少し息苦しくなっていました。病室に案内されました。そして、少しすると重和先生がきてくれました。まだゼイゼイしていたので、先生が腹式呼吸をしなさいといわれました。そして先生も私といっしょに腹式呼吸をしてくれ、排たん法を教えてもらってやっているうちにいつのまにかおさまっていきました。その時はじめて排たん法を知りました。普段なんともないときも排たんをしてたんのない状態にしておかなければいけません。
 
入院してから、1週間ぐらいは検査やカウンセリングでした。カウンセリングでそれまでの状態や状況を話しました。先生は、私のぜん息の原因は気持ちからくるのが大きいと言われました。そしていろいろ話を聞いていると私にあてはまることがいくつかありました。私は何か、いやなことがあったりしても、一人でくよくよ悩んだりすることがありました。こういうことが発作につながっていたと思います。
 
ちょうど、中学校に入り、ひんばんに発作が出ていたころ、学校でいやなことがあったりしたので、気持ちからきていたんだと思います。久徳先生はいつも前向きでいきいきとした生活をしなさいと言われます。私もその通りだと思います。いやなことがあって、それで、悩んだりして発作がでて苦しい思いするなんてバカバカしいと思います。だから、今ではいやなことがあったりしたら一人で悩んでいないでお母さんに相談したり、言いたいことがあったら心の中にためてないで言ったりそうしたことで少しは気が楽になります。でも、気だけではだめ、体力もつけなくては。
 
はじめ、鍛錬は、それまで運動していなかった私にとってはとてもきつかったです。特にマラソンはえらかった。でも毎日走っているうちにだんだん慣れ、前よりらくに走れたり、何周かできるようになりました。私は、何でもやればできるんだと自信がついたし、走ってもえらくならないことがうれしかったです。
入院して、1週間後から学校に通うことができるようになりました。クリニックから港区の学校まで1人で通えるかはじめ、不安がありましたが、何日かたつにつれて慣れ、元気に休まず通えました。鍛錬もがんはりました。そして、大きな発作が1度も出なかったので、入院して1ヶ月半で、1週間の外泊許可がでました。その1週間も発作が出なかったので退院することができました。
 
長い間の入院生活も終わりました。自分で何が変わってこんなに元気になったのかと考えてみると、まず、自分自身が変わったと思います。どういうことかと言うと、わりと気をつかったりして自分の思うことがいえなかったり、何かあったりしても、お母さんにこんなこといったら心配するし、とへんなことに気をつかって一人で悩んだりするといった性格も自分で気づかないうちに自然に明るくなりました。友達からもかわったねといわれます。
 
退院してからも発作はでず、がんばりました。2年生の時、学校を1日も休まず行くことができました。私にとってこんなにうれしいことはありません。幼稚園、小学校、中1と1年間1日も休まず通えたことが一度もありませんでした。3年生も今のところ1日も休んでいません。この調子でがんばっていきたいです。
こんなに元気になれました。
 
久徳先生に巡り合えなかったら今ごろ私はどうなっていたかと思います。私のようにぜん息で苦しんでいる人がまだまだいると思います。そういう人たちもはやく私のようにぜん息なんて吹き飛ばして元気になってほしいです。私のために、家族や友達みんなが協力し、支えてくれたからここまでこれたと感謝しています。これからも、久徳先生で学んだことをわすれず、前向きでいきいきとがんばっていきます。