ぜんそくジャーナル

 

128号ジャーナル

随想/ ゴリラの喘息①   久徳重盛                    

 
喘息の研究をはじめた頃、私は喘息のことに熱中していました。
そんなある時、アレルギー研究会の仲間の雑談で、「動物に喘息はあるのか?」という話が出たことがあります。
「動物には喘息はないようだ」「あるかも知れない」スタッフの一人が言いました「アメリカには喘息になった馬がいるそうだ」話はその程度で終わってしまいました。
なんでもこだわり、なんでも疑う私は、この時の話に、それからあともずっとこだわりつヾけました。
「アメリカに喘息の馬がいるそうだということは、ふつう、馬は喘息になれないということなのだ」「そういえば猿にも喘息はないな」
これは簡単に分かることです。私は京都大学霊長類研究所の河合教授とか、何人かの人たちと親しいので、猿に喘息がないことは簡単に確かめることができました。
動物には確かに喘息はないのです。

しかし、これがまた「変な話だ」と言わざるを得ないのです。
 
人間も動物なのに、なぜ人間だけに喘息があるのでしょうか。
私は、はじめたばかりの喘息の研究と診療の忙しい中で、いろいろなことを考えねばなりませんでした。
「なぜ人間だけは喘息になれる動物なのだろうか」
この原因は臨床喘息学をより深く理解するためには絶対に解明しなければならないことです。
ところがいくらたくさん、外国や日本の文献を調べても、なぜ人間だけが喘息になれるのか、その理由を解明したものはありませんでした。
しかし、いずれにしても「人間には喘息があるが、猿には喘息はない」らしいのです。
 
私は機会あるたびに、京大霊長類研究所のスタッフの人たちや、そのほかいろいろな動物の研究をしている人たちに、「猿にも喘息はあるか」とたずねました。
まちがいなく、猿には喘息はないのです。これは喘息という病気を理解するためにはとても大切な事柄です。
人間の先祖は、チンパンジーによく似た類人猿でした。人間の先祖の猿人には喘息はなかったはずなのです。
もし猿人に喘息があったのなら、現在地球上にいるゴリラ、チンパンジー、オランウータンなどにも喘息があっていいはずなのです。
 
人間は猿人から、次第に原人(ジャワ原人、北京原人など)になり、旧人になり、現代人へと「人類の進化」をとげたのです。
「猿から人間へ」この人類の進化の途中で、人間は喘息という病気になれる動物へと変化、つまり進化してきたのです。
それではいつごろから人類は喘息に悩まされる動物になってしまったのでしょうか。
京大霊長類研究所の江原教授は、猿の考古学者ですが、先生から伺った話をいろいろと総合して考えてみますと、人間がはじめて喘息という病気になれるようになったのは、数十万年前のペキン原人の頃であったであろうと考えられるのです。
ちょうど、そんなことを考えていた頃、名古屋の東山動物園にいたゴリラが、喘息のような病気になり、診断がつかないから往診してくれないか、と依頼がありました。
 
ある日、東山動物園から電話がありました。
東山動物園にいるゴリラが咳が出るようになって、もう2~3ヶ月になるが治らないから診てもらえないかというのです。
当時、名古屋市立大小児科教授であった小川次郎先生からも依頼の電話がありました。
「頼まれてみていたが、どうも分からないんだよ。肺炎か気管支炎だろうと思って抗生剤を使ったけれど治らない、君も一度みて、相談にのってやってくれないか、喘息かもしれない」
内心、私はこおどりして喜びました。
 
喘息はどうも人間だけにある病気のようだ、動物にはほんとうに喘息はないのだろうか、などなど、いろいろ考えはじめていた頃だったからです。
私は喜び勇んで東山動物園ヘゴリラの往診に出かけました。
当時、東山動物園にはゴン太という雄ゴリラと、2匹の雌ゴリラが飼育されていましたが、雄ゴリラのゴン太が病人?でした。
私はまず獣医の大野さんや飼育係の浅井さんからゴン太の病状を聞きました。
数ヶ月前から、咳が出はじめ名市大の小川教授とも相談して抗生剤を使ったりしたが、咳がとまらず、この頃は元気もなくなり、すわったままで、あまり動かなくなってしまったというのです。